家政学について読む 2
- scallopshcolarship
- 2024年2月12日
- 読了時間: 3分
読んだ本
家庭の中から世界を変えた女性たち (副題:アメリカ家政学の歴史)
ダニエル・ドライリンガー(著) 永盛 鷹司(訳) 東京堂出版 2022年
P108-244
予め知っていたこと、聞いたことはあったことに関連すること
ラテンアメリカ:中南米。16世紀以降スペインやポルトガルの植民地だったが、18世紀末から19世紀初頭にかけ、入植した白人の子孫たちが独立運動を起こしていく。
(ハイチでは黒人が独立運動を行った。)
メキシコ:19世紀初頭にスペインからの独立を宣言した。その後アメリカとの戦争に敗れ、カリフォルニアからテキサスにかけての土地を奪われる。
⇒アメリカ南部の州にはスペイン語しか話さないメキシコ系アメリカ人も多くいる。ラテンアメリカ系アメリカ人。
真珠湾攻撃(Pearl Harbor):1941年12月8日(現地では7日)、日米開戦。数日後にアメリカはイタリア、ドイツとも開戦。当時の大統領はF. ローズヴェルト。
アメリカでも総動員体制が敷かれ、国民の生活が影響を受けた⇒食料の配給制、金属の供出、男性が戦争に行くので代わりに女性が外に働きに出るなど。
その反動からか戦後は主婦になりたがる女性が増え、結婚準備のために家政学を専攻した。
琉球大学:1950年開学。ミシガン州立大学から教授団の派遣を受けた。家政学科もあった。
初めて知ったこと、印象に残ったこと、覚えたこと
P243「海外で家政学を広めるのは、少なくとも暗黙のうちに、アメリカ政府の外交政策を受け入れるということを意味した。家政学関連のこれらのプロジェクトは全て、ソフトパワーを通じてアメリカ(および資本主義陣営)の影響力を行使するという目標をもった、冷戦関連の組織によって資金提供を受けていた。琉球大学も、軍事的な事業であることは疑いの余地がなかった。」
アメリカの家政教育を通じた同化政策は、国内の非アングロアメリカ系アメリカ人を対象としたものからさらに対象を広げて、海外へと進んでいったようだ。
また、アメリカでは家事が機械化されて主婦が肉体的に楽になった一方で、家庭の心理的な価値が強調されるようになり、子育てや夫への応対など感情労働という要素が増してきた。
感想・解釈メモ
冷戦時代のアメリカは資本主義と民主主義を根本理念として世界に発信していた。
一方、戦後のアメリカでは主婦が増え、女性にとって大事な仕事は家庭を切り盛りすることだという保守的な考え方が復権していたという。タイミングはずれるけど、日本でもこんな流れ聞いたなぁ。戦後しばらくは母=未亡人、子どもを育てるためにたくましく生き抜く女性というのが代表的なイメージだったが、復興が進むにつれて母は家庭を守り夫と子に尽くす主婦というイメージに変わったと。民主主義でも差別(男女差別、人種差別)は残るんやね。差別があった方が都合の良い人達や、差別的扱いと道徳心(身分を弁えているのをよしとするような)を結び付けて、規範として受け入れている人達が多ければ。だから最初に「差別はやめて」と声をあげた人々は社会から“弁えない人”として非難される。

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