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思い込みは、何かのきっかけで解けることがある。
でも、信じていることはほぼ一生変わらない。

 例えば、私は“毎日太陽が昇り、沈み、夜が来て、また太陽が昇ってくる”というのを信じている。
宇宙に太陽と地球があって~とか、地球が自転して~とか知る以前からそう信じているし、所によって白夜があると知った今も、自分にとって太陽は朝昇って夕方沈む、一生そういうものだと思っている。

一方で私にとって、学生時代に習った経済学の理論が正しいというのは思い込みだった。
 普通にマクロ・ミクロ経済学、マクロ・ミクロ金融論、あとちょこっとハイエクとか行動経済学とかやったのだけど、すごく体系化されてて、その理論の内部では筋が通ってて、もっともらしい(科学的な?)ような話なんよ。その後会計学や経営学を勉強した時も、経済学で習ったこととの矛盾を感じなかったし。
(ただ、行動経済学の時点でちょっと、立派な本堂に離れがついたようなやっつけ感は感じた。)

その後時代は下り、自分も社会に出て20年程経ち、労働経済学とか斉藤幸平、宇沢弘文、岩井克人、村上泰亮(やすすけ)、マルクス、ヴェブレンなどを知り、その思い込みが解けた。「昔習った経済学って、一つの有力な説の一つに過ぎなくて、ほかにも有力な説は色々あったんだな。」と気づいた。

なぜこんなことを書くかというと、うちにエホバの証人さんが来るんです。
 エホバという神を信じているそう。門前払いせずに軽く話は聞いてから帰ってもらうのだけど、彼女らの信じる根拠は聖書(たぶんアメリカ人が19世紀に作ったやつ)だと言う。神が筆を取って書いたのか?彼女たちは神秘体験をしたのか、それはなく聖書を読んだだけで信じたのか?など疑問があり、話すたびに軽く質問してみるのだけど、未だに疑問点は増すばかりで、信じられない。
 信じるって、本を読んで納得することじゃなくて何の疑問も抱かず自然と受け入れて、それがずーっと続いていることだと思うから、日本人で無宗教の人が大人になってから神を信じるのは珍しいと思う。でも結構信者数多いんよね、エホバ。

聖書が元になっているから、人と社会にまつわるあらゆる問題をカバーできる、体系的な理論なんだろうな。だから面白いと思って勉強しているうちに、信者仲間が増えて、活動が忙しくなると違う価値観の人と話さなくなり、どっぷりはまるみたいな…。
 うちに来るエホバの証人が悪人だとは思えないんだけど、世の中色んな考え方があるのに、エホバの証人だけで固まってそれ以外の多くの人(世の人っていうらしい?)は間違ってる、ってしてたら生きづらくないか?と疑問を感じてしまう。私は死後の世界はないと思っているので、生きづらいというのは取り返しのつかない損だと思う。
 そして、信者を生きづらくさせるような信仰をどんどん広めさせる教祖(統治体やっけ)って何がしたいん?もしかして悪人?って思ってしまうな~。悪人っていうのは、悪意を持っているということではなくて、自分の行いが世の中にたくさん不幸を生んでいるってわかっていて、止められるのにいるのに止めない人。革命を起こされた主権者みたいな人のことを指している。

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